栃木県の葬儀における作法としきたり
北関東の中央に位置する栃木県は、日光や那須など有名な観光地を擁しながら、県全体としての印象が薄いのが特徴です。
那珂川(なかがわ)・鬼怒川(きぬがわ)・思川(おもいがわ)といった1級河川、および支流が網目状に県域を分断しているためか、地域ごとにさまざまな文化習俗が残されています。
また両隣の群馬県・茨城県との文化的共通点も多く、葬儀におけるしきたりにも似た部分が少なくありません。
そこで今回は、栃木県の各地に残されている葬送習慣について、さまざまな角度から見ていきたいと思います。
もくじ
新旧入り混じった栃木県の葬送習慣
葬儀にまつわる風習は古来より連綿と受け継がれてきたものも多いですが、時代とともに変化しているものもあります。
栃木県でも古くから変わらず行われている葬送習慣がありますが、一部は徐々に変わりつつあるようです。
組内(くみうち)・隣保班(りんぽはん)
栃木県には近隣の10軒ほどを1組とした「組内(くみうち)」「隣保班(りんぽはん)」などと呼ばれる地域コミュニティがあります。
かつて土葬が主流だった頃は、近所の家に不幸があれば「組内」の人々が葬儀を取り仕切るのが通例となっていたようです。
この習わしは火葬が普及した後も続いていましたが、近年では都市部を中心に消えつつあります。
栃木県の農村部や郊外の地域では「組内」の活動も継続しているようですが、葬儀全般を取り仕切るケースは少なく、受付や弔問客の案内など手伝い程度になっているようです。
昔は飛脚(ひきゃく)で今はテレビ?訃報連絡
今ほど通信手段が発達していなかった時代には、故人の菩提寺や親族・知人などに訃報を届ける「飛脚(ひきゃく)」と呼ばれる葬送習慣がありました。
新聞の訃報欄を利用した告知が一般化すると、徐々に「飛脚」の活用は減少しましたが、現在でも菩提寺への連絡だけは「飛脚」という地域も残っているようです。
全国的には新聞の訃報欄を利用する方も少なくなっていますが、栃木県の「とちぎテレビ」では21時頃に放送される5分間の「おくやみ」番組が人気です。
地元紙の「下野(しもつけ)新聞」と協力して、翌日の朝刊に掲載される「おくやみ」情報を平日の夜に放送しています。
水回し・お水替え
栃木県の足利市周辺地域では、火葬場の炉前に設けられた祭壇に水を供え、火葬中に何度も水を取り替える「水回し」「お水替え」と呼ばれるしきたりがあります。
「火葬中に故人の喉が渇かないように」という遺族の思いやりが込められた風習です。
百万遍念仏(ひゃくまんべんねんぶつ)
栃木県の葬儀では、近隣住民による「百万遍念仏(ひゃくまんべんねんぶつ)が広く行われています。
「百万遍念仏」とは唐の時代に中国から伝わった仏教儀式で、自身の往生や故人への追善供養のために念仏を百万回唱えるというものです。
本来は1人で百万回唱えるものでしたが、100人が1万回ずつ、1,000人が1,000回ずつ唱えても、同様の効果があるとされています。
現在では、非常に長い数珠の玉を念仏1回につき1つずつ繰りながら、大勢の人々が一斉に念仏を唱える形式が一般的です。
日本各地で長く伝えられてきた仏教由来の風習ですが、地方でも都市部ではあまり見られなくなっています。
枕がえし
故人を安置する際は、お釈迦様が入滅した際の姿勢にならって、頭を北側にする「北枕」が一般的です。
このしきたりは「枕がえし」と呼ばれていますが、栃木県では一旦頭を南に向けて安置してから、「北枕」に安置しなおす葬儀の作法があります。
この習慣の由来は定かではありませんが、栃木県は「枕がえし」と縁の深い土地柄でもあるようです。
栃木県栃木市の大中寺(曹洞宗)には、仏さまに足を向けて寝ると、翌朝には向きが変わっているという伝承が残る「枕がえしの間」が存在します。
また栃木県大田原市の大雄寺(曹洞宗)には「枕がえしの幽霊」と名付けられた掛け軸が残されています。
北関東の他県と共通する葬儀のしきたり
栃木県は東北地方の福島県と県境を接していますが、東北文化の影響はあまり受けていないようです。
むしろ隣接する群馬県や茨城県との文化的な共通点が多く、葬儀のしきたりにも全く同じ、または非常に似通ったものが数多くみられます。
受付が3か所の場合も?新生活運動の影響
栃木県の葬儀に参列すると、通常の受付に加えて、近隣住民用の「新生活」とかかれた受付が設置されているのを見かけることがあります。
これは、一度は廃れた(すたれた)戦後の「新生活運動」を再び推進する動きで、栃木県でも足利市は自治体をあげて取り組んでいます。
「新生活運動」に賛同する方は、不祝儀袋に「香典返し不要」と表記したうえで、1,000円から3,000円ほどを入れて「新生活」と書かれた受付に出します。(足利市では一律1,000円の申し合わせがなされています)
また故人が仕事についていた場合は、さらに「会社」と書かれた受付を設置するケースもあるようです。
「新生活」受付は、あくまでも「新生活運動」に賛同する方のために用意されているので、一般の弔問客は一般受付に出せば問題ありませんし、後日香典返しも送られます。
「新生活運動」とは、冠婚葬祭行事を簡素に行うことで費用負担を抑え、生活の質を改善することを目的とした運動で、かつては全国的な広がりをみせました。
しかし日本の高度経済成長期に徐々に下火になり、推進する自治体も少なくなっていたようです。
とはいえ完全に消え去ったわけではなく、少ないながらも現在まで継続している自治体も各地に残っています。
とくに群馬県では活動が盛んで、今でも「新生活運動」の中心的な存在となっているようです。
栃木県内でも、群馬県と隣り合わせの足利市HPでは「お返し辞退ラベル」のダウンロードページが設置されています。
お浄めは塩と鰹節(かつおぶし)
栃木県の日光市周辺では、葬儀参列後の「お浄め」として、塩を体に振りかけて鰹節を口にするという風習が残されています。
このしきたりは茨城県でも行われていますが、栃木県の中でも茨城県からもっとも遠い地域の日光市で行われているのは不思議ですね。
「お浄め」は死を穢れとして捉える神道由来の習わしですが、鰹節も神饌(しんせん:神様への供え物)に含まれていることから、こういった習慣が広まったようです。
七日さらし
栃木県には、家の裏手に故人の着物を北向きに掛け、葬儀から7日間干し続ける「七日さらし」の風習が受け継がれています。
7日のあいだ着物に水をかけ続け、常に濡れた状態に保ちますが、この習慣にも「お浄め」の意味があるといわれています。
また、故人が着物に残した現世への未練を洗い流し、迷わず成仏させるためという説もあるようです。
仮門(かりもん)
栃木県には、自宅から出棺する際に竹で作った簡易的な門「仮門(かりもん)」をくぐる習慣があります。
出棺後すぐに「仮門」を壊すことで、故人の魂が帰る家を見失うと考えられているようです。
同様のしきたりは全国各地に残されており、隣接する茨城県でも行われています。
「仮門」のしきたりは「故人の魂が迷わず浄土に旅立ってほしい」という遺族の願いがこめられた風習です。
土葬時代の名残(なごり)を感じる栃木県の葬儀
現在では、日本の火葬率は99.9%以上といわれていますが、北関東では比較的最近まで土葬が行われていたことから、土葬時代の名残が色濃く残っています。
床とり
土葬が行われていた頃は、埋葬地までの道のりを棺を担いで運ぶのが一般的でしたが、栃木県ではこの役割を「床とり」と呼ばれる人々が担っていました。
「床とり」の役目は近隣住民が持ち回りで務める習わしで、墓穴掘りから埋葬までを行う重要な役目でした。
「床とり」は死の穢れ(けがれ)にもっとも近づくため、葬儀後には風呂で身を清めてから酒肴(しゅこう)でもてなされ、精進落としの席でも上座が用意されたようです。
同様の習慣は茨城県にも残されており、「ろくしゃく(六尺・陸尺)」と呼ばれています。
火葬が普及してからは墓穴を掘ることも無くなりましたが、今でも「床とり」が納骨前に墓前を清掃する地域が残っています。
花籠(はなかご)ふり
栃木県の葬儀では、色紙を細かくしたものや、お金を模した紙などを入れた目の粗い籠を竹竿の先に取り付けた「花籠(はなかご)」を出棺の際に振るという習わしがあります。
「花籠」を振ると色紙が籠からこぼれ落ちますが、この姿が花が舞い散るように見えることから、故人への餞(はなむけ)の儀式として行われているようです。
かつて土葬が行われていた頃は、遺族や近隣住民が葬列を作り、埋葬地まで棺を運んでいました。
このしきたりは「野辺送り(のべおくり)」と呼ばれていますが、その際に籠から小銭や紙などを振り撒く習慣は各地に残されています。
墓おこし
栃木県では、葬儀の翌早朝に遺族がお墓に参る「墓おこし」という風習が残されています。
かつては栃木県のほぼ全域で行われていた風習ですが、その由来は定かではありません。
医学が未熟だった時代は、仮死状態で埋葬されてしまうケースがごくまれにあったようで、死亡を確認するための習慣という説もあるようです。
「墓おこし」は地域ごとに作法が異なり「遺族が交代で行う(足利市・今市市など)」「遺族と近隣住民が連れ立って行う(鹿沼市など)」「喪主が他人に見られないように六角棒をもって墓に参る(塩谷町・宇都宮市の一部)」など、さまざまな形式で行われていました。
「墓おこし」を行う期間や頻度も、「葬儀翌日から初七日まで毎日続ける(鹿沼市の一部など)」「7日ごとに四十九日忌まで行う(佐野市など)」と、さまざまです。
また呼び方も「墓直し」「塚直し」「仏さん起こし」「朝起こし」と、地域ごとに違いがみられます。
土葬時代から続く習わしですが、火葬が普及してからも葬儀当日に納骨する地域では続けられているようです。
おわりに
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