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青森県の葬儀における作法としきたり

葬儀屋JPの青森県の葬儀における作法としきたりについて解説

本州最北端の青森県の葬送習慣は、海を隔てた北海道南部地域にも影響を与えたとされています。
葬儀にまつわる作法については、古くからのしきたりを今に残すものや、寺院とのつながりの強さを感じさせるものが少なくありません。
しかし地元の方でも、地域の葬儀にまつわる習わしやしきたりに詳しい方は、徐々に減りつつあります。

そこで本記事では青森県の葬儀の特徴について、詳しく紹介します。
青森県では葬送習慣も地域ごとに大きく異なるので、葬儀社様の参考にしていただければ幸いです。

津軽と南部の違い

津軽南部下北

青森県は県西部の津軽(つがる)地方と県東部の南部(なんぶ)地方、津軽海峡に突き出した下北(しもきた)地域に分けられており、それぞれ生活習慣にも違いがみられるようです。

特に津軽と南部ではお互いに話が通じないほど、言葉も大きく異なります。
戦国時代までは南部氏が現在の青森県と岩手県の北部を治めていたのですが、家督争いに乗じて家臣の津軽為信(つがるためのぶ)が独立したことから、南部と津軽の対立が始まったようです。

もともと津軽地方と南部地方の間は八甲田山に隔てられていたため、両地域の往来は困難でした。
さらに南部氏と津軽氏の対立により、両地域を結ぶ奥州街道に番所が設けられたため、住民同士の往来も途絶えて文化的交流も断絶してしまったようです。

もちろん現在では両地域が対立しているわけではありませんが、今でも出身地「青森の弘前(津軽地方)です」「青森の八戸(南部地方)です」と地域名を加える方が多いようです。

津軽地方

津軽地方では一般弔問客は通夜式に参列し、葬儀告別式には遺族と親族のみで執り行われるケースが多いようです。
また忌明け(きあけ)の時期については四十九日の法要後が一般的ですが、津軽地方では三七日(さんしちにち:死後21日目)とされています。

南部地方

南部地方では通夜は遺族と親族のみで過ごし、一般弔問客は葬儀に参列するのが通例です。
忌明けの時期も五七日(ごしちにち:死後35日目)とされ、津軽地方とは異なります。

南部地方の中でも岩手県境に近い八戸市周辺では、一般の方でも新聞に訃報を掲載するケースが多いようです。

殯(もがり)

殯

日本では古来より殯(もがり)という葬送習慣があり、皇室では現在でも行われています。
殯とは、亡くなった方の遺体を仮の小屋などに移して門を閉ざし、本葬までのあいだ遺族が故人に付き添う儀式です。

青森県では殯の名残(なごり)として、不幸があった家の前に2mほどの木の棒をX型に組んだものを立てかけるという儀式が残されています。

かつては遺体が腐敗するまで続けられた殯ですが、646年(大化2年)に制定された「薄葬礼(はくそうれい)」により庶民による殯が禁じられて以降は徐々に簡略化されました。
現在の通夜は、この殯のしきたりが簡略化されたものとされています。

ゆどき

青森県の一部地域では、葬儀終了後に近隣住民が喪家(もけ)を訪れ、遺族を慰める「ゆどき」のしきたりが残されています。
厳しい気候風土の中で助け合って暮らす地域住民の、絆(きずな)の強さを感じさせるような習わしです。

骨葬(こつそう)

骨葬

青森県では葬儀の前に火葬を済ませる「前火葬(まえかそう)」が一般的なため、葬儀も祭壇に遺骨を安置して行う「骨葬(こつそう)」となります。
亡くなった当日に、遺族や近親者のみが故人に付き添う「仮通夜(かりつや)」を過ごし、本通夜前に荼毘に付すのが通例です。
そのため本通夜や葬儀から参列した方は、故人と顔を合わせてのお別れはできません。

青森県で「骨葬」の習わしが一般化した由来は、初代津軽藩主の津軽為信公が上洛中に京都で亡くなり、遺体が傷むのを避けるために京都で荼毘に付した遺骨を津軽に持ち帰り、津軽で葬儀を営んだのが始まりとされています。

しかし「前火葬」自体は、北海道の一部や東北地方・北陸地方などの豪雪地帯で広くみられる葬送習慣で、漁業を主産業とする沿岸地域にもみられるしきたりです。
このことから、親族に不幸があってもすぐには駆けつけられない地域で、遺体の腐敗を防ぐために広まった習慣とも考えられます。

巨大な盛り篭(もりかご)

葬儀の際に、籠に盛られた果物やお菓子などが供物として供えられるケースも多いですが、青森県の盛り篭(もりかご)は非常に大きいのが特徴です。
通常の盛り篭は高さ50㎝程ですが、青森県の盛り篭は2m以上の高さに積み上げられた塔のような形状です。

陽気で派手好きといわれる津軽人の、気質に相応しい葬送習慣といえるでしょう。
盛り篭の果物やお菓子などは、葬儀を手伝ってくれた近隣の方々に配られるようです。

二つの位牌(いはい)

位牌

寺院と檀家の関係が深い青森県では、位牌を2つ作って菩提寺に1つを納める習わしがあります。
こうすることで自宅だけでなく寺院でも常に供養されるため、故人の供養が途切れることはありません。

納骨の特徴

全国的に遺骨の納骨は四十九日の法要後に行うのが一般的ですが、青森県では季節によって納骨時期が異なります。
厳しい気候風土に合わせた、合理的な葬送習慣です。

葬儀当日に納骨

青森県では、原則として葬儀当日に納骨を行うのが一般的です。
雪に閉ざされる冬が長い青森県では、雪が降る前に納骨する必要があるため、春から秋までの間は葬儀当日に納骨する習慣が根付いたようです。

こういった事情から、冬に葬儀が行われた場合は雪解けを待ってから納骨します。
納骨時期を決めず、積雪状況に応じて変えるしきたりは、豪雪地帯特有の葬送習慣といえるでしょう。

土に還る(かえる)納骨方法

お墓に遺骨を納める際は、骨壷や骨箱・収骨袋などに入れた状態が一般的ですが、青森県ではお墓の納骨室の土の上に直接遺骨を撒き(まき)ます。
自然に帰るといった意味合いのほかに、生まれ育った地元の土地で永遠に眠りたいという、地元愛に満ちた習わしとされています。

野見舞い(のみまい)

下北半島の根元に位置する野辺地町周辺では、納骨当日の夜にお墓参りを行う「野見舞い(のみまい)と呼ばれる葬送習慣があります。
同様の習慣は下北地区のむつ市でもみられ、こちらは「忌中墓参(きちゅうぼさん)」と呼ばれているようです。

一般的に暗くなってからのお墓参りは避けるべきとされていますが、青森県では正式な作法となっているようです。

取り越し法要(とりこしほうよう)

取り越し法要

近年では葬儀・告別式に続いて初七日法要を執り行う「繰り上げ法要(くりあげほうよう)」も増えつつありますが、青森県では百箇日法要までを繰り上げて行う「取り越し法要(とりこしほうよう)」が一般的です。

長い期間雪に閉ざされる青森県では、親族が何度も法要に足を運ぶのが困難だったことから生まれた習慣のようです。
四十九日の法要や百箇日法要は、遺族のみで本来の時期に営みます。

新生活運動の影響

一般的に、葬儀式場には弔問客などから贈られた供花や供物が並べられますが、青森県では花輪や供物のポスターが飾られることもあります。
かつて全国的に実施された、国民生活の改善のため冠婚葬祭を簡素に行う「新生活運動」の名残とされる習慣です。

注文者は通常の供花や供物と同じ額を葬儀社に支払い、ポスターには注文者の名前が記された不祝儀袋が貼られます。
生花や果物などを無駄にしないための、合理的な葬送習慣といえるでしょう。

おわりに

葬儀社様ホームページのコラムとしてこのような記事の掲載をおこなっておくと、喪主様・ご遺族様・ご参列の方々も分かりやすく、興味を持たれる内容かもしれません。

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